視覚に障害のある人との言葉による美術鑑賞ハンドブック

百聞一見をしのぐ!?」

 

言葉による美術鑑賞―美術館による取り組み

名古屋市美術館での鑑賞ガイドの概略

 名古屋市美術館では1989年に「手で見る彫刻展」を開催、その後、定期的に発展的なプログラムを実施し、2001年からは常設展で、視覚に障害のある人と解説ボランティアが、言葉で作品を鑑賞する取り組みを全国に先駆けて始めている。

 これまでの経験を通して培われたノウハウを、同館の学芸員、角田美奈子さんが「視覚に障害のある人への作品鑑賞ガイドの概略について」(以下、「鑑賞ガイドの概略」と表記)としてまとめている。

 その冒頭では、美術館の定義や民主主義によって市民に開かれることになった経緯、そして基本的人権を引きながら、障害のあるなしにかかわらず、誰にも等しく文化や知識を享受する権利が保障されていること、美術は「自分が自分らしく」生きるための大切な手段であることを確認している。またすべての人に開かれた美術館となることが使命であることも明らかにしている。

 本稿は「名古屋市美術館研究紀要 第12巻」(2003年3月発行)より著者の監修をもとに再構成したものである。同稿は鑑賞ガイドをする人たちに向けて書かれたマニュアルに近いものであるが、特に作品について作者や技法などの理解に基づいて鑑賞することに主眼がおかれたガイドの方法を説明したものになっている。

 言葉による鑑賞には、より自由な会話を楽しむことに主眼をおく場合もあり、さまざまなスタイルが可能であるが、本稿はそのひとつの方法を紹介するものである。

 なぜ言葉による鑑賞なのか

1 触察と言葉による鑑賞

 視覚に障害のある人の美術鑑賞法には、触察(触って観察する)と言葉を用いた解説による方法があります。触察は、作品そのものと触図(触って感じる図)や模型などを用いる場合があります。ワークショップなどの参加体験型の活動は、広い意味での触察になります。

 視覚に障害のある人は、触覚が優れていると思われていますが、必ずしもそうではありません。高齢になって視覚を失った場合は、特にそうです。言葉による鑑賞も経験や慣れを要しますが、言葉はすでに身についているもののため、負担が小さくなります。美術作品の大半は触れることができないので、その点でも優れています。

 言葉による鑑賞を主体にして、必要に応じて立体コピーなどの触図や模型を触察するのが望ましいでしょう。

 

2 「また美術館に行きたい」と思ってもらうために

 言葉による鑑賞には異論がありますが、言葉による鑑賞を翻訳の一種と考えると理解しやすいのではないでしょうか。文学では、外国語のものを翻訳で読むことに異議はほとんどないでしょう。問題や限界はあっても、翻訳から得るものが多く、有益と考えられているからです。言葉による鑑賞も同じです。課題はその内容と質を高めることです。

 言葉による鑑賞法を行う人はまだ少数です。まずは、言葉による鑑賞法があることを知ってもらい、美術館でガイドしてもらうのは楽しいからまた行きたいと思ってもらうことが大切です。立体コピーなどの触図や点字図録の紹介は、それからでもよいでしょう。

 言葉によるガイドの基本

1 ガイドの心構え

 基本は一般のガイドと同じです。相手の望むガイド、理解できるガイドを心がけます。会場や周囲の雰囲気を伝え、よいことも悪いことも区別せずに、できるだけ状況を説明して、見えないことからくる不安を取り除きます。特に移動は相手に黙ってしないようにします。言葉による鑑賞の基本は、相手が望む情報を相手が理解できるように伝えることです。そのような説明を心がけます。

 

2 「音訳法」と「朗読法」という二つの考え方

 言葉による鑑賞法の説明の仕方には、大きく分けて二つの考え方があります。

(1)音訳法

作品の特徴をできるだけ客観的に描写し、鑑賞する人が自分で作品のイメージをつくり、理解できるよう手助けします。内容に踏み込む説明は、ガイドする人の私的な解釈や印象ではなく、主観を排した客観的で中立な一般論や学説を紹介します。

(2)朗読法

作品の特徴の説明は基本となることがらと概略にとどめ、ガイドする人の解釈や印象を伝えることで鑑賞体験を共有します。

「音訳法」「朗読法」の呼称は、著者が便宜的に名づけたものですが、二つを厳密に区別するのは不可能です。相手がどちらをより望んでいるかにしたがって、力点の置き具合を適宜変えることが大切です。いずれも自分の主観や好き嫌いを相手に押しつけず、主観を述べるときは、「私は〜と思う」「私は〜と考える」と主語を明らかにします。一般論を述べるときも同じです。

 

3 言葉による鑑賞の特徴

 言葉による鑑賞は、目で見る鑑賞よりも時間がかかります。目は一瞬で作品の全体像を把握しますが、言葉による鑑賞は個々の説明を積み上げてようやく全体像が把握されます。言葉を理解して頭のなかにイメージをつくりあげる作業は、時間がかかるだけでなく、集中力や精神力が必要とされ、疲労の度合いも激しくなります。触察にも同じ特徴があります。ガイドする際には相手の様子や疲労度にも配慮して鑑賞するペースや作品数などを調整します。

 言葉によるガイドの実際

1 展示室に入る前に

 よりよいガイドのために、展示室に入る前に次のことをするとよいでしょう。すぐにガイドして欲しいと言われるかもしれませんが、そのときはよりよい鑑賞のために必要なことと説明し了解を得ます。

(1)手荷物などはなるべくロッカーや受付に預け、身軽な状態で鑑賞に臨んでもらう。

(2)鑑賞に割ける時間、付き添いの人との間柄、見え方、美術鑑賞体験の有無、美術館についての知識を尋ねる。

 得られた情報からガイドのプランを組み立てます。例えば、付き添いの人が親しい間柄のときと、はじめて会った外出のためのガイドボランティアでは、ガイドの仕方を変える必要があることもあります。鑑賞を求めているのが視覚に障害のある人だけならば、視覚に障害のある人に集中してガイドします。視覚に障害のある人と付き添いの人の両方が美術鑑賞を楽しみたいときは、両者に向けてガイドを行います。いずれも視覚に障害のある人が主役であることを忘れないようにします。

 

2 相手を知ることでポイントをつかむ

 一般に視覚に障害のある人は、美術や美術館についての知識が一般の人より少ないため、より細やかな対応が必要です。美術館にどのような作品があるかなど、知らないことが多いので、適宜情報を提供します。これは、鑑賞する作品を決めるためにも必要です。

 また、一般に中途障害の人が先天障害の人よりも、言葉による説明の理解が容易なケースが多く見られます。視覚を失う前に美術鑑賞経験があるとなお理解しやすいようです。

 趣味や職業がわかると説明の際の比喩がより適切に行えることがあります。また、現在どの程度見えるかなど、適切な説明に必要なことは尋ねます。しかし、深追いはしないこと。失明の理由など、よりプライバシーにかかわることを話題にすることには、配慮が必要です。また相手の身体の具合などは直接尋ねにくいものなので、「疲れたらいつでも休みたいと言ってください」「何かあればいつでも声をかけてください」とはじめに伝えておきましょう。

 

3 鑑賞作品を決める

 鑑賞のはじめに、美術館の収集方針と実際に展示されている作品について説明し、何をどのように鑑賞したいか希望を聞きます。

 希望があればそれに沿ったプランを立て、そうでないときは、事前に聞いたことがらを参考にして鑑賞する作品を提案します。はじめて来館した人の場合は、主要な作品を中心にするとよいでしょう。

 言葉による鑑賞がはじめてのときは、はじめの1点を試みた具合で、提案どおりに進められるかどうか判断して、点数を減らしたり、別の作品に変更するなどして、無理をしないようにします。

 時間は、全体で 1 時間程度を、長くても 2 時間が目安です。鑑賞できる作品点数は、1 時間で 2 〜 3 点です。視力の比較的よい弱視の人は、説明が少なくてもよいため、もっと多く鑑賞できることもあります。時間配分を考えながら、お互いに負担にならないよう無理のないガイドを心がけます。

 

4 初めに作品のデータを紹介

 まず、ガイドする作品の題名、作者名、制作年、材質、技法、大きさなどのデータを伝えます。

 大きさは、縦横、高さ、奥行きを伝えますが、縦長か、横長か、変形かなどもあわせて説明します。数字だけではよくわからないので、畳や新聞紙、画用紙などの身近なものと比較するとよいでしょう。立体は、腰の位置までとか、両手を広げた大きさなど、身体を尺度にして説明することも有効です。また、画面に描かれているものの大きさを説明するときは、大人の掌や卵の大きさなど、より小さなものを例にするとわかりやすくなります。

 作者名や技法は、はじめて知る場合も多いので、ガイドを進めるなかで適宜説明します。

 最初に作品に何がどのように描かれているかを知り、その後に作品のデータを知りたいと望む人もいます。その場合は、説明の順序を入れ替えます。

 

5 大きな概念から小さな概念へ

 作品の説明は、原則としてより大きな概念から小さな概念へと進めます。

 人物画か風景画かなど、主題を先に説明し、次に描き方や構成法など、他の作品と異なる特徴を説明します。

 具象画と抽象画、立体、いずれも説明の要点は基本的に同じです。

 抽象画などで中心となるものがないときは、点や線などの構成要素を先にとりあげ、それが全体に散らばっているとか、大きな帯をつくっているという説明をすることもできます。

 構図や位置関係を説明するとき、両手で同じ形をつくったり、同じ姿勢をしてみたり、掌に図を描くことも有効です。その際は必ず一言断って了承を得てから身体に触れます。

 

6 細部の説明は主要なものから

 主題や構成など全体の概略を説明し、後に細部の説明を行います。以下に要点を述べますが、必ずしもこの順番で説明するものではありません。その都度ふさわしいときに必要に応じてとりあげると理解が容易になります。

 細部の説明も描かれている主要なものからします。その際の説明は簡略に。形、色、視点を忘れずに説明します。一つの作品に複数の視点が用いられていることがあるので、視点の説明は必要です。

 言葉による鑑賞は、情報を積みあげて全体像をつくりあげる作業です。大まかな全体像ができる前に細部にこだわると混乱が起こり、肝心の全体像が理解できなくなります。

 全体の図柄や構成がイメージできたら、質感や空間表現などのより細かい表現の違いについて説明します。

 概略だけわかればよい人もいるので、そのときは無理に細部の説明をする必要はありません。

 

7 色の違いはできるだけ伝える

 色の説明は、きちんと行います。見えなくても色についての理解や関心はあります。同じ色でもさまざまな色合いがあるので、違いを伝えるようにします。ただし、絵具の色名をそのまま伝えてもほとんどの人は理解できません。「赤」ならば、熟したりんごの赤、梅干しの赤など、身近なものを例にします。

 形の説明も身近なものを例にします。例示するときは、自分の知っているものではなく、相手に身近なものをとりあげるようにします。一般に女性と男性では日常接しているものが異なるので、一方には理解されても他方には通じないこともあります。年代や職業によっても通じやすい例示は異なります。

 

8 方向の説明は起点となる言葉を補う

 右、左、前、後などの方向を説明するときは、「作品に向かって」など必ず起点となる言葉を補います。細部の説明も同じです。「中心人物の手前」「右足の右斜め前」など。

「あれ」「これ」「それ」などの指示代名詞を説明のはじめに使わないようにします。

 

9 理解を確認して会話を進める

 鑑賞している人が作品の実像にふさわしくイメージできているかどうか、合間に適宜確かめます。イメージが十分にできたら、そこから何を感じたかなど、内容に踏み込んだ会話に進みます。後は、通常のガイドと同じです。

 一般のガイドと共通しますが、ガイドする作品の選択、鑑賞の順序などに注意すると、説明と理解がともに容易になることがあります。そのような組み合わせや構成を工夫するとよいでしょう。

 蝕察による鑑賞でも適切なガイドがあることで理解が容易になります。説明の仕方の基本は同じです。

 まとめ

 一般の来館者が美術館に求めるものがさまざまなように、障害のある人が美術館に期待するものもさまざまです。視覚に障害のある人も同じです。技術や知識、経験より、もっと大切なのは、相手を思いやる心のあり方です。その心があれば、経験したことがない状況に立ち会っても、何かができるはずです。

 

 心のバリアーを取り除くこと。

 失敗を恐れずチャレンジすること。

 何もしなければ結果は現われないのですから。

 

※彫刻などの立体作品や模型などを触察する場合のガイドの留意点と方法については、「名古屋市美術館研究紀要 第7巻」(1997年 8 月)の「『心で見る美術展 私を感じて』に関する報告」(角田美奈子氏著)を参照されたい。

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