視覚に障害のある人との言葉による美術鑑賞ハンドブック

百聞一見をしのぐ!?」

 

言葉による美術鑑賞 私の見方

作品と人と人と

大内 秋子
おおうち あきこ

(ミュージアム・アクセス・グループ MAR メンバー)

 私がMARに参加するようになって8年になる。初めのうちは視覚障害の方と共に美術館へ行き、作品を見ては「ああだ、こうだ」と話すこと自体が面白かったが、経験を重ねるうちに、この鑑賞の方法がもっと重要な意味をもっていると感じてきている。それは、初めて会う人とコミュニケーションを構築していくと同時に、自分がこの作品をどう感じるのか、自分の言葉でどう表現したいのかを自問することで、思考回路を急速に進化させている気がするからである。複数の人と一緒に鑑賞し、彼らの言葉に耳を傾けていると、多様な感性に触れられる。その中に多くの「気づき」があり、それを共有することで鑑賞はいっそう深まっていく。しかも、それは誰かに教えられたものでも、文献などの知識でもなく、自分たちの感性によってのみ得られた「知」なのだ。

 私たちは「一つの答えを求めない」「一方的な関係にならない」ことを、無意識のうちに行っている。その方がより多くの「気づき」をもたらすことを体験から知ってしまったからだ。はるかに豊かなものを作品からも人からも受けられる。

 水戸芸術館の「Living Together is Easy」を、弱視の若い女性と 2 人の鑑賞ボランティアと私で見た。細かく裁断された紙が敷き詰められた中に、白っぽい犬のような動物が一匹静かに立っている。その動物はオーストラリアの絶滅したタスマニアタイガーであること、素材は細断された茨城県庁の書類だということが説明されたが、弱視の方はしゃがんで動物に顔を近づけると「この動物はじっと何かを見ているようですが、何を見ているんですか」と言った。

 皆でしゃがんで動物と同じ目線になると、向こうの壁に森林の大木が次々と伐採されている光景が映写されていた。森とともに滅んだ動物の悲しみが、じわりと心に染みた。私たちはしばらく立ちあがらなかった。

 埼玉県立近代美術館で常設展の20世紀美術を見た時のこと。見えない方は70歳の快活な男性、見える人は大学で美術を学んでいる大学生と私。具象から抽象まで、さまざまなジャンルの作品を見たあと、日本の山の風景画が数点あった。「どんな季節、どの時間の山がいいですか」と聞くと、「夕方のを」という希望で、夕暮れの絵の前で話す。高く聳える山々の稜線をかすかに赤く染めている光、暮れなずむ山麓の村の様子、作品の説明をしているうちに、年齢も人生経験も全く違う 3 人が、それぞれの人生の山と夕暮れについて話し出した。

 私一人だったら、ちらっと見ただけで通りすぎた作品だったかもしれない。丁寧に言葉に置き換えて見ていくうちに、記憶の底からいろんな光景が浮かびあがってくることに驚いた。

 静岡県立美術館では「作品の時代背景や作家について知っておきたい」という男性と、ほとんど美術館には行かないという女子大生が一緒だった。最初の作品が、不規則に切断した鉄板を叩いて音を出すものだったので、時代背景のことなどは忘れてしまい、絵画も「何が描かれているか」だけを話していった。

 ピアノを背に座った女性と 2 人の女児を描いた大きな作品があった。昭和初期の家族写真という感じなのに、人物に家族らしい感情が見当たらない。あれこれ議論していると「光はどこから当たっているんですか」と聞かれた。日本画独特の陰影のない描き方や人物の輪郭がボーッと光っていることに気がつき、女子大生が「オーラみたい」と表現した。

 作品の脇にある解説を読むと、作家が国宝の修復や仏画を描いていたことがわかった。改めて作品を見ると、無表情に見えた女性の口元にかすかな微笑みを発見、光の謎も解明された。「やっぱり知識も大事じゃないか」と男性は言ったが「でも、最初に解説を読んでいたら、こんなに面白くはなかっただろう」と続けた。

 私たちはこんな経験を重ねている。普通の人びとが自分の力で芸術作品と対峙している。その力を引き出すのは視覚障害の人たち。美術館のサービスとも学校教育とも違うところに価値がある。なぜなら、判断を人任せにするとか、一つの思考に集約しようとする力から自由であることが、今の社会ではとても大切なことだと思うから。

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