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@この鑑賞との出会い/Aこの鑑賞の第一印象/Bこれまでの活動/Cこの鑑賞の魅力
1.言葉による鑑賞グループ
G1濱田庄司*
(鍼灸師)@2004年、福岡の「国民文化祭」で「視覚障害者と健常者との美術との関わりと鑑賞」と「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に参加。特に「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は人とのかかわりがそのときだけで福岡では定着しないように思えたが、これを機に美術鑑賞へとかかわることに。A何か決定的なことがあったわけではないが、常日頃「見えないからといって見えることに興味を失うのはどうか?」と思っており、何より日頃はかかわらない多くの人とのコミュニケーションがとても新鮮だった。B以後、福岡での鑑賞ワークショップに積極的に参加。2006年、自然発生的にギャラリーコンパが立ち上がり、美術鑑賞にこだわらず多くの鑑賞を体験。Cそのなかで何かモヤモヤとしたものがあったが、2006年の『片山博詞の彫刻』展でそれまでの受け身とは違い、美術を見える人たちにも伝えられるということと、見える一般来館者との一体感が得られ、それはふっきれた。以来、年3回のペースでギャラリーコンパの鑑賞に参加している。
G1松尾さち
(JOY倶楽部プラザ
アトリエ ブラヴォ美術指導員)@「第19回国民文化祭・ふくおか2004
つなぐ!ひとまちアートフェスティバル〜障害のある人たちの表現活動から〜」で企画委員として何ができるか探っていた時期、『KALEIDOSCOPE
6人の個性と表現』展と鑑賞ワークショップ「ミュージアムアクセスグループ全国会議」(2003年・世田谷美術館)を知り仲間と参加。A鑑賞が深まると感じたと同時に、三つのワークショップの違いが鑑賞に与える理由をうまく理解できず、何だか気になるという印象。B同国民文化祭で鑑賞ワークショップを9回開催。2005年、福岡市美術館でMARの鑑賞ワークショップに参加。同年、アジア美術館「エイブル・アートin福岡2005
もうひとつのみえかた」のワークショップで団体を発足。「ギャラリーコンパ」の名で活動開始。以後、2006年3回、2007年3回、2008年5回鑑賞ツアーを実施。C人との出会い、それが同時に自分との出会いにもなるところ。誰かの話に耳を傾けたり言葉を交わすことで、グループで話の流れが生まれ、旅をするように新しい絵を描くように、それぞれの中に最初に見た時とは違う意味を持ったアートが生まれるところ。
G1石田陽介
(ソーシャル・アートセラピスト/九州大学USI子どもプロジェクトアドバイザー)@精神科病院に勤務していたとき、音楽療法を行う臨床現場で聴覚障害を持つ精神障害の患者さんと一緒に音楽をセッションする体験を持った。その方と音楽体験をともに楽しんだ体験が、こうしたアプローチへ興味を持つきっかけとなる。Aアジア美術館の「エイブル・アートin福岡2005
もうひとつのみえかた」で財団主催の鑑賞ワークショップを初めて体験し、パーソナル・コミュニケーションを通して視覚障害者の方とアートをシェアしていく体験が新鮮であった。B2005年より毎回参加し、以後ギャラリーコンパのスタッフとして企画運営に携わる。C「作品を鑑賞することは、もう一つの創作活動である」ということを実体験できるしくみを持つ鑑賞ワークショップの魅力は「アート・ジャーナリズムの難しさ」と「アート・コラボレーションのおもしろさ」の両方を他者と一緒に楽しむコミュニオン体験にあると感じている。
G2 光島貴之*
(アーティスト/鍼灸師)@京都で行われた「エイブル・アート近畿2001〈ひと・アート・まち〉」の実行委員会で、ビュー設立メンバーと出会い、鑑賞ツアーの企画および実施に携わったことがきっかけ。Aこの活動(言葉による鑑賞)と意識せずに「ピカソって何なの?」という興味から、1978年の京都国立近代美術館で開催された『ピカソ』展に晴眼者2名と訪れた。そのときの印象は、絵は言葉では無理だという挫折感。触ることがすべてだと再認識。以後、ビューの活動に加わるなかで、徐々に言葉による鑑賞のおもしろさを発見してきた。Bビューメンバーとして、積極的に活動の企画、実施にかかわる。見えない参加者としての視点を、ビューの活動に反映できるように心がけているつもり。C触れないものを楽しめたり、認識できること。ぼくの苦手分野である「晴眼者との会話」の能力を開発してくれそうだ。いろんなやり方を工夫することで、今後も飽きずにやっていけそうな不思議な魅力がある。
G2 阿部こずえ
(ミュージアム・アクセス・ビュー代表)@MARの活動をうわさで聞いていて、興味があった。2000年に奈良であった観光のシンポジウムでMARの白鳥建二さんと話をさせていただく機会があり、おもしろいに違いないと確信。A複数で見ることで、描かれていないところまで、どんどん入っていける感じが新鮮。鑑賞者と美術の関係を考えるのに「見えない鑑賞者」が加わることは、わかりやすいと思った。B京都も美術館がたくさんあるし、見えない人もたくさんいるだろうし、京都でもできるだろうと思って、2001年、いきなり鑑賞ツアーを企画してしまった(体験者でもある光島貴之さんのアドバイスも頂いて)。その後、ビューを立ち上げることになって、MARや名古屋YWCAに勉強しに行った。C作品の感想を何でもずばずば言ってもいいというような雰囲気。作品をとことんまで見た、という充実感。一緒に見ている人が、自分にはまったくない見方をしていたとき、驚きとともに尊い気持ちになる。
G2山田裕子
(大学院生)@三橋節子さんについて調べていたとき、偶然ビューのホームページに行き当たり、興味を持って連絡を取ったことから。A2007年6月のギャラリー巡り。写真展巡りをしながら、自分の言葉や表現力の乏しさに愕然としながらも、いつもは見過ごしてしまいそうな雰囲気や作家の意図を読み取ろうとしたことをよく覚えている。Bビューで開いているツアーやワークショップのスタッフとして毎回ではないが参加している。2008年の名嘉睦稔『無限の庭』展では、阿部こずえさんとコーディネーターを担当。C言葉を用いて少しずつイメージを積み上げていく過程で、言葉の持つ力にあらためて気づくことができること。一つの作品を「眺める」のではなく「鑑賞する」ことで、作者の意識を感じたり意見を交わすなか、自分の中でイメージが再構築されるのを感じる瞬間があること。何と言ってもおしゃべりをしながら美術館を回ることが楽しい。
G3白鳥建二* (マッサージ師)@当時の恋人とより知り合いたくて1995年秋、絵画を見に初めて美術館へ。A恋人の説明と案内で期待以上に楽しめたことから、全盲の人の絵画鑑賞(触れるのではなく)は可能だと直感。だが、このときの楽しさは恋人とともに過ごせたうれしさだったと数年後に気づく。BC以後、どうしたら絵画鑑賞に近づけるのか、何が楽しめるのかを探るため単独で美術館へ。さまざまな方の協力を得ながら、徐々に求める鑑賞の形に近づいてゆく。衝撃的だったのは、毎日作品を見ているような人でも、そのすべてを見ているわけではないこと。一緒に見て疲れるはずなのに「じっくり作品が見られてよかった」と感謝されたこと。そして何より、作品を伝えようとする気持ちにすっかり引き込まれた。1998年からは、知り合った人たちのアイディアと協力により、鑑賞ワークショップにかかわり、自らの経験を話す機会にも恵まれ、2000年にMARの立ち上げにかかわる。その活動に参加しながらも、単独で美術館に行く。そこには、たくさんの出会いが詰まっているから。作品、人、美術館、そして自分との出会い。ほぼ毎回気づきや発見があり、スリリングでエキサイティングな時間を過ごしている。
G3
ホシノマサハル
(コミュニティーアーティスト/アートディレクター)@1999年東京都美術館『このアートで元気になるエイブル・アート'99』展にて鑑賞ワークショップを行い、その後主幹メンバーが集まりMARを立ち上げる。A1997年『メビウスの卵』展実行委員として白鳥建二さんと出会う。「感覚としての言語」に対する興味。BMARとしての参加は年に3〜4回。MAR的な活動を広めるために全国へも出向く。C興味や魅力が尽きず、また興味や魅力のあり方が変化していくこと。新しくまた「人」に出会えること。
G3大内秋子 (日本語教師)@大成建設社会交流部の担当者としてエイブル・アート・ムーブメントの立ち上げをサポートし、1997年東京都美術館で行われた『魂の対話』展で、ジュリア・カセムさんの鑑賞会に参加したのが初めての出会い。その後、白鳥建二さんやホシノマサハルさんが始めたグループに惹かれてMARのメンバーになった。A「説明しなければ」と緊張していた頃は、あまり楽しいとは思わなかった。自分が感じたことを素直に言葉にする方が、見えない人のイメージを膨らませることに気がついてから、作品が「見える」ようになった。Bほとんど欠かさずMARに参加しているので、いつの間にか長老のような存在になってしまった。企画や連絡などの雑務は誰かがやってくれて、私は参加するのみ。Cアートに込められたさまざまなことが、一緒にいる人たちの言葉で見えてきて、それぞれの心にふっと響いたと感じる瞬間がある。それを表現する語はまだ見つかっていない。
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