視覚に障害のある人とのことばによる美術鑑賞会議 
報告書

 

質疑応答

 

G1ギャラリーコンパ

G2ミュージアム・アクセス・ビュー

G3ミュージアム・アクセス・グループ MAR


ギャラリーコンパ

Q:G2阿部:見える人の参加はどのくらいで、どんな人たちですか?

A:G1松尾+石田:平均10人程度です。最初は、ほとんど知り合いでしたが、参加者がメールや郵便で送った案内をコピーして知人に配ってくれたりと、人づてに広まっていきました。ですが、まだネットワークが構築できておらず、広くは知られていません。チラシの効果はあまりなく、アートに興味を持っている人よりも、主催者の知人や前の企画の学芸員や関係者がプライベートで来るようなケースが多いです。参加者が3人のときもありましたが、「そういうときもあるよ」と言って、続けてきました。

Q:R廣瀬*:見えない人の参加はどうですか?「どうせつまらないよ」と外へ出ることを諦めている人もいて、浸透しづらいと思いますが、地元の視覚障害者協会などへの働きかけはしていますか?

A:G1石田+松尾:子ども関連の企画のときは、点字のチラシをつくり盲学校の担当者を回りましたが、参加は3校中一人。直接子どもに会えず、担当教員にデモを試みましたが、「いいですね」で終わってしまった。こちらのプレゼンに問題があったのか、ある視覚障害者のグループにデモをしたときも、参加は一人だけ。「絵画を鑑賞したい」と思う視覚障害者が本当に少ない、というのが現状です。

A:G1濱田*:アロマテラピーの企画には集まりますが、この鑑賞の企画にはなかなか集まりません。私は「見えないからといって観ることに興味を失ってはいけない」と思い活動していますが、「変わり者」と思われているでしょう。中途失明の人でさえ興味を示さない現状で、先天性失明者に興味を持ってもらうには、学校の先生の力が絶対必要です。教育の問題に掘り下げていかないと、福岡という地方で見えない人の参加を増やすのは、非常に難しいと思っています。

A:G1松尾:鑑賞後のコンパ(集い)で参加者からは、「視覚障害者は『達成感』を求めているのに、コンパの活動はそれがない」という意見や、「子どものときから身近に美術を見るという文化がないことが問題。だから、学校に働きかけたい」という意見も出ていました。

播磨:韓国には「視覚障害者芸術協会」があり、現代美術家のオムさんを筆頭に、出版社などに勤務するボランティア(多くが女性)が中心となり、「アナザー・ウェイ・オブ・シーイング(もう一つの観方)」といった展覧会などを各地で開いています。普段は「美術教育」に力を入れており、その教材は、非常に優秀です。視覚障害者がアートにアクセスする手段、絵本のような最初に美術に接する教材を、とても工夫してつくっています。ワークショップを行い美術への関心を広め、実際、造形をつくる視覚障害者も生まれています。

 日本では、義務教育から美術教育の時間が減り、ただでさえ美術と縁遠い状況ですが、さらに障害者は就労が第一義とされ、「美術を楽しむこと」や「人生を豊かにすること」から切り離されてしまっています。触れる機会がないため、楽しいものかもわからない。その状況を変えるには、一般の美術教育のなかで障害者の美術教育を考える必要があると思います。

M森山:学校や地域に熱心なキーパーソンが見つかれば、広がっていくと思います。水戸の盲学校には、理解のある先生や、何度か展覧会に来るうちに興味を示すようになった先生がおり、逆に一般の学校の方が難しい状況です。
また、広報の仕方を変えてみるのも、有効だと思います。水戸では、「バギーツアー」の際、チラシでは集まらなかったのが、市報に掲載したら転勤族の母親のニーズと合い、参加者が増えました。

R塩瀬:キーワードにズレがあって、情報が欲しい人に届いていないということはないですか?「美術鑑賞」となると、難しいと思われ、避けてしまうこともある。よい「口説き文句」があるといいのですが。

A:G1石田:キーワードについては、今後の課題ですね。

Q:R塩瀬:子どもの企画は、何歳を対象にしていますか?言葉で観る鑑賞は、コミュニケーションの本質を突いているので、私も、小さいうちから体験してもらいたい、と子ども向けのワークショップをやっているのですが、幼すぎると体験が少なく、言葉にできないですよね。

A:G1石田:通常、小学4年生以上が対象で、大人との混成でやっています。やはり、言葉のやりとりがあってこそ、この鑑賞のおもしろさが出てくると思っています。

このページの一番上へ

ミュージアム・アクセス・ビュー

写真画像

Q:G1松尾:見えない人、見えにくい人がナビゲーター的役割を担っているという話でしたが、私たちコンパは、最初それに期待しすぎてうまくいかなかった。見えない人たちは、その役割をどう(喜びに)感じているのでしょうか?

 A:G2阿部:参加者はだいたい常連と初心者が半々なので、見える初心者を、見えない常連がナビゲートするような状況が自然にできていき、会話の引き出し方がうまくなった常連も増えていきました。最近、外部から鑑賞ツアーを依頼されたとき、一人の常連さんに初めて「ナビゲート」という役で参加してもらったという段階です。

 A:G2光島*:僕自身、何年も説明してもらう側に徹していましたが、最近ナビゲートする役割を意識しないといけないなと思い始めています。本当はそんなの邪魔くさいなと思っていたのですが、沈黙のままでは会話が続かないので、最近は意識的に「ツッコミ」を入れたりしています。今日のデモでは、それをデフォルメしてやりました。「ツッコミ」を入れることで、鑑賞がおもしろくなるような感じがしつつあります。

Q:G1松尾:創作ワークショップ時のサポートについて、経験上、アート系の人はサポートに徹することができても、一般の人はサポートだけで満足できず、同じように制作を楽しめないと参加してくれないのでは、と思っているのですが、どうでしょうか? 

A:G2阿部:アート系の人はあまりいません。「サポーター募集」の情報を見て来るので、サポート上手の人が多く、その意識でいると思いますが、実は一緒に制作したいのかもしれません。今度、聞いてみようと思います。

 ちなみに、見えない人の参加は、創作ワークショップより鑑賞ツアーの方が多く、逆に見える人の参加は、ワークショップが多いです。また、ワークショップに毎回、参加する見えない人が3〜4人いますが、見える人のリピーター率は低いと思います。何が問題かはまだわかりません。

 

Q:R杉浦:一度ビューの鑑賞ツアーに参加した際、見えない人が皆さん生き生きと楽しんでいるように感じました。後日、友達になった見えない人に誘われ、一緒に美術館にも行きました。参加後、独り立ちして鑑賞を楽しむ人と、活動に参加することを楽しみにしている人、どちらが多いですか?

A:G2阿部:いろいろです。数人は独りで観に行った人を知っていますが、実態は把握していませんが、みんなでおしゃべりするのを楽しみにしている人の方が多いと思います。

Q:M岡崎:コンパと違い、見えない人の登録が40人というのは多いように思いますが、何か工夫が?

A:G2光島*:最初は僕やスタッフのネットワークや口コミです。僕が、視覚障害者協会のライトハウスとつながりがあり、また、点字ボランティアや視覚障害の子どもを持つ親がスタッフだったこともあって広がり、さらに、視覚障害者関係団体の機関誌や点字毎日などに載せてもらう地道な広報で、知名度が上がってきたと思います。しかし、盲学校へのアプローチは難しく、他府県の興味のある盲学校教員とつながるケースはあっても、京都府内ではつながっていません。

最近は、神戸、大阪、三重、津からも参加があり、鑑賞したい人がいることを実感しています。また、見える人も市外から集まるようになりました。紙媒体よりもメールで流す情報がいろんなメーリングリストへ流れ、いろんな参加者が毎回増えているように思います。

R日野:ビューの活動に参加していつも感じるのは、見えない参加者がとても元気だということです。写真を撮るワークショップで、見えない人が早足でどんどん撮影する風景を探し歩いたり、鑑賞のときも積極的に質問をされる方が多く、見える私たちが必死で着いていっていると感じることもあります。ビューの特徴なのかもしれませんが、鑑賞も創作も、見える人が見えない人のサポートをしているのではなく、コミュニケーションを通して共同製作しているように感じます(鑑賞では「イメージをつくる」という意味で)。

このページの一番上へ

 

ミュージアム・アクセス・グループMAR

写真画像

Q:G2光島*:MARでは現代美術の鑑賞が多いように思うのですが、何かこだわりがあるのですが?

A:G3白鳥*:こだわりはありませんが、鑑賞のやりやすさから、結果的に現代アートが多いかもしれません。以前「MARらしさって何?」と話し合い、「教える人/教わる人・説明する人/説明を受ける人」という固定的な関係をなくすことを、MARでは大事にしています。現代アートは、「わからないから始まりわからないで終わる」といった鑑賞の自由さがあり、「そこがMAR向きだね」とよく話しています。

A:G3大内:現代アートと無縁だった中途失明の人が「現代アートって話すことがあっておもしろいね」とおっしゃたこともありましたね。

A:G3ホシノ:僕の中には鑑賞と同時に芸術のこと、これからの芸術の形みたいなものを、みんなと少しわかり合いたいという思いがあります。美術館や美術がどう開放されていくかは実践を通さないとなかなかわからない。初めて参加した人が現代芸術に何か発言できた、そのきっかけを得たという感覚を大事にしたいと思っています。

G3大内:私は自分の野次馬精神にピッタリなのでMARを続けてきましたが、初めの数年は、説明過剰になっていることを自覚していませんでした。しかし、「モネの作品」を鑑賞したとき、睡蓮の池に太鼓橋が架かっている風景を「橋が右から左へ架かっている……」と説明すると、はじめて参加した全盲の方に「エッ、橋が横に? 橋はこちらから向こうへ行くものでしょ。私には想像できない」といわれ、目からうろこのような経験をしました。以来、相手の問いに答えたり試行錯誤しながら丁寧に観るようになりました。

最近では美術鑑賞を研究している全盲の半田こずえさんと線画を鑑賞した際、「柔らかい線」という表現が伝わらず、数名で言葉を尽くし探り合ったことが印象に残っています。また、女子美術大学の授業の一環で鑑賞した際、女子大生の「チャライ感じ?」という説明が全盲の年配者に伝わらず、作品を前に学生たちが言葉の定義を語り合っていたことも、おもしろい経験でした。

それから『靉光(あいみつ)』展で代表作「ライオン」を鑑賞した際、「洞窟の入口でライオンを中心に動物が身を寄せ合い、外に明るい滝が少し見え、動物たちは喧嘩もせず、静かにジッと……」と説明すると、年配の視覚障害の方が満州で4歳のときに終戦を迎え家族だけが地域に残り、翌日、ロシア軍が地域に侵攻してくる日のことを語り始めました。「父親が手榴弾を手に、集団自決しようとしピンを抜くところまでいった。しかし、父親が経営する町工場の従業員の中国人がそれを取り上げてくれて助かった。ずっと思い出さなかったけど、なぜか今思い出した」と。そのとき、話の情景と言葉と作品と観ている人間とが一緒になったと感じ、感動しました。その後、美術館へ手紙を出すと、学芸員から20年前から考えていた思い入れのある展覧会で話を紡いだことを知り、嬉しいと返事がありました。「まだまだわからないことだらけです。おそらく本当のリアリティーというのは、言葉に置き換えた瞬間にスルリと抜け落ちてしまうのではないか。それもでも我々は、彼らの作品に少しでも近づくために、果てしなく言葉を紡ぎ出し続けなければならないのではないか」とありました。野次馬で楽しくやればいいいと続けてきたけれど、学芸員の人とやりとりできたことも嬉しい出来事でした。

G3ホシノ:MARでは「ニュースレター」を一生懸命つくってきました。ぜひ、皆さんに読んでもらいたい。この中で僕は詩のようなものを書いてきました。1号目のタイトルが「気持ち」、2号目が「ことば」、続けて「重なる」「あいだ」「広がる」「いろ」「アンビエント」「世界」という文章が一つの詩になるようにつくったんです。その後は、「多文化共生」「想像力」「感覚言語」「コミュニケーション」「あいだ」「映像化(非日常化)」「リアルであること」「誤解」「誤認」「共通」「思い入れ」「分有と拡散」という短い文章を書いてきた。個人的な理由をいくら積み重ねても普遍化しないとわかっていますが、それらの言葉が今日までの自分なりの答えだと思います。この会議の後、この考え方が変わることもあることを期待しています。

Q:G2光島*:東京都美術館の活動を辞めたのはなぜですか? 1日貸し切り活動できるのは地方からするとうらやましいことで辞めてしまいがっかりしているのですが。

A:太田:「障害者特別鑑賞会」のことですね。この活動はMARの活動というわけではなく、東京都美術館が企画展ごとに休館日の1日を使って、障害のある人のための鑑賞会を実施しているものです。エイブル・アート・ジャパンは、MARのメンバーの協力を得て、立ち上げからパートナーとして運営をサポートしてきました。もともとのきっかけは、1997年と1999年に東京都美術館で開催した『このアートで元気になる エイブル・アート'99』展でした。この展覧会の開催によって美術館側の意識が大きく変わり、障害のある人たちの美術鑑賞に大きなニーズがあるにもかかわらず、非常に混雑する企画展では安心して見てもらうことが難しいということが認識されたのです。こうした現状を解決するための試みとして、休館日を使った鑑賞会を企画をしようという話が美術館内に持ち上がったのです。そこで、障害のある人に対応するノウハウのない美術館に代わって、エイブル・アート・ジャパンがスタッフとボランティアを出し、鑑賞サポートや安全面の配慮などを行うことになったのです。1999年からテスト実施を経て2001年からはすべての企画展(年4回)で必ず1日行われています。回を追うごとに参加者が増え、人気の展覧会では1日に1,000人を超える方が来場しています。障害の種別もさまざまですがMARでの経験があったので、視覚障害のある人には言葉で一緒に観るというサービスも実施しました。視覚障害のある人の参加は毎回100人以上に上りました。

 しかし、長年実施しているうちに美術館側の担当者が人事異動で替わり、設立当初の思いを共有することが難しくなってきました。「ボランティアは正しい作品解説をすべきだ」という発言が美術館側から出たり、これまで支給されていた遠方からのボランティアの交通費に上限が設定されるなど、少なからず関係性がドライになっていったのです。私たちが運営から抜けても特別鑑賞会が継続されることが確認できたので、2007年の28回目の鑑賞会をもって、エイブル・アート・ジャパンとしての企画協力を辞退したのです。鑑賞会は現在も続けられています。

A:播磨:いかに持続可能な活動にするかは重要な問題ですね。日本人は個々の思いはあってもシステム化が下手。サンフランシスコ美術館では鑑賞ボランティアを教育し、障害者だけでなくヒスパニック、子どもへの対応もシステムに組み込まれています。システムにならないと持続可能にならない。この鑑賞でもそこが一つの課題だと思います。

 

Q:G2山田:神戸市立博物館でも月に何回か休館日を「障害者の鑑賞日」にしていたと思いますが、特別観賞日を設けるにあたり参考にした美術館があったのでしょうか? 

A:太田:ありません。当初は時間などの制限がありましたが、次第に学芸員の展示解説なども整い、普段の日より観賞する条件がよくなっていきました。毎回、みんなで反省会をして改善していった結果だと思います。

参加者は展覧会の内容から途中失明の年配の方、失明後初めて鑑賞する方が多く、数カ月先の次回の予約ができるのでリピーターも増えていきました。

このページの一番上へ

 

 

<前のページへ

もくじへ

次のページへ

(C)エイブル・アート・ジャパン ※無断転載を禁じます

 

 

このページの一番上へ