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1.アメリア・アレナスの対話型鑑賞
G2光島*:せっかく学芸員の方がいるのでお聞きしたいのですが、美術館で言われる「教育普及」や「対話型鑑賞」とは、どういった位置にあり、どう展開していこうとしているのでしょうか?
R日野:学校の美術教育のなかでは、特にここ数年、子どもたちが美術に親しむ場をつくる取り組みとして鑑賞教育が非常に重視されるようになっています。そのきっかけは、ニューヨーク近代美術館でアメリア・アレナス*が開発した対話による鑑賞のメソッドが、90年代に『なぜ、これがアートなの?』という企画展として水戸芸術館、川村記念美術館、豊田市美術館で開かれて紹介され、地元の小中学校も連携参加し、普及され始めました。
2005年からは、この取り組みにかかわっていた高知大学の上野行一先生が中心となって「mite!(Method
for Interactive
Teaching)」という教育プロジェクトが始まり、2006年夏の岡山県立美術館を皮切りに、対話による鑑賞のための特別展として各地で展開されています。この『mite!おかやま』では、一般募集し4カ月程研修を受けた60名のナビゲーターがリードして対話しながら鑑賞するツアーのほか、夏休み中の子どもたちや学校の先生方を対象とした多くのプログラムが実施されました。また、同美術館では翌年、ビューのメンバーの協力を得て、視覚障害がある人々とともに美術鑑賞を行う体制づくりのワークショップも行われました。
今年は、6月から年末にかけて信州の4会場で「おしゃべりする」展覧会が開催され、教育委員会や長野県下の多くの小中学校と美術館、大学なども参画して大規模に動いています。アメリアも頻繁に来日し、大学や企業で講演、指導を重ねるなど、日本で対話による鑑賞は幅広く浸透中と言えます。
また、今年3月に公示された新学習指導要領*では、小中学校の全教科にわたって、児童、生徒の「言語活動の促進」が明示されたことが特徴的です。これは、一般に視覚的な造形表現活動を主軸とし、それを巡る言語表現についてあまり重視しないできた美術・図画工作科にとって画期的なことです。私は、図工・美術の授業中に子どもたちが自分や友達の表現行為についてどのような発話をするのか研究したことがあります。美術の専門的な言葉を知識として得ること以上に、個々の子どもが自分の表現について自分の言葉で語れるようになることが大切ではないかと思うのです。
ただ、私自身は今、対話による鑑賞について、教育の枠組みのなかで急速に普及している状況に少し危惧を感じています。ビューの鑑賞ツアーに参加していると、学校教育で実施している対話による鑑賞の限界が見え、ビューのように枠のない自由な活動の方が、可能性の宝庫のように感じられるのです。ホシノさんがおっしゃるように、一歩先を行っているような気がしています。
G3ホシノ:アメリアの対話型鑑賞は、僕には、欧米型のエンタテインメントとしてしか受け取れなかった。
R日野:アメリアが開発した対話による鑑賞の特徴の一つは、対話を導くナビゲーターがいることです。ある小学校では、子どもたちがこの鑑賞法になじんでくると、自ずから対話のマナーを身につけ、教師がナビゲートしなくても鑑賞を進めていました。しかし、枠組みのなかではルールが大事にされ、可能性が切り捨てられるように感じます。
例えば、ナビゲートではまず目で見た描写が前提となり、見えない光島さんがナビゲーターになるような反転は起こりにくく、また、大内さんが対話から見えない人の物語を引き出したような、目で見るものを超えた出来事も起こりにくい。私は、対話による鑑賞が教育のなかで普及していくことを否定はしませんが、「美術とは目で見るものなのだろうか?」という問題に行き着き、重要なのはそこではないかと思っています。
M森山:アメリアの対話式鑑賞が日本に紹介されたのは『なぜ、これがアートなの?』(1997年)展にさかのぼります。ニューヨーク近代美術館(MOMA)でこのメソッドに出会った現・京都造形芸術大学教授の福のり子さんと、昨年まで水戸芸術館の芸術監督であった逢坂恵理子さんとが、MOMAへのツアーを1993年に企画したのが始まりです。その後、1995年に水戸芸術館では全国の学芸員40名を対象に「ミュージアムエデュケーションの理念と実際」というセミナーを行い、MOMA教育部長であったフィリップ・ヤノワインと教育担当のアメリアを招聘しています。その初日、アメリアも逢坂さんも「学芸員が自由に目の前の作品を語るのは苦痛なようだ」と言っていました。知識に頼らず作品を描写することがかえって難しい作業だったようです。
アメリアのメソッドを学校現場に普及させることに対して、水戸芸術館は当時懐疑的でしたので、上野行一先生のテキストには参加しませんでした。「アメリアだからできるのではないか」という意見もあります。私は日本に適合する対話型鑑賞があるのかどうか、この言葉による鑑賞方法と合わせて考えたいと思っています。
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