グループができたきっかけ
京都をベースに活動を行っているミュージアム・アクセス・ビュー(以下「ビュー」と略記)の正式な設立は2002年
7
月。その前に半年以上の活動歴を携えて、満を持して設立記念集会を開いて旗上げした。
ビュー設立のきっかけとなったのは、2001年11月に京都を舞台に展開された「ひと・アート・まち エイブル・アート 近畿2001」というプロジェクトである。
実行委員会形式で実施されたこのプロジェクトには、いろいろな立場の市民が参加し、主として障害のある人たちのアート作品紹介(展覧会)とワークショップが行われた。
運営委員の中に、現在もビューの中心メンバーの一人である阿部こずえさんと光島貴之さんがいた。光島さんは、鍼灸師のかたわら、製図用のテープなどを使って独特の絵画作品をつくったり、さまざまな素材を使ってさわれる作品づくりなどを行っている全盲のアーティストとしてすでにその存在が知られている。
プロジェクトで紹介される作品の出展者として、光島さんと、もうひとり、弱視の写真家がいたことから、視覚に障害のある人たちにもたくさん来場してほしい、そのような人たちとアート鑑賞ツアーをすることはできないだろうか、という提案がなされ、ワークショップが組まれることになった。
視覚に障害のある人たちとの作品鑑賞の取り組みについては、すでに、東京で言葉による鑑賞をすすめているMARの活動や、美術館のスタッフなどもかかわって専門的なアプローチを行っている名古屋市立美術館での実践などがあることから、実行委員のメンバーは、さらに情報を得て、準備を進めた。
準備の中で、最も大切かつ大変だったのは、見えない人といかにしてアート作品の鑑賞を行うのか、どのような説明をしたらいいのか、という具体的な方法である。企画に携わった人たち自身、これまで、見えない人と共に鑑賞をしたり、他の人に対して作品説明などしたことがなかった。そのため、実際に視覚に障害のある人を訪ねて、図録などをもとに作品について説明を試み、見えない人にも理解していただける説明になっているかどうかを判断していただくとともに、いろいろなアドバイスをいただいた。
視覚に障害のある人たちへの周知については、光島さん自身のネットワークや、メーリングリスト、視覚障害者協会の広報誌(点字のものも含めて)や、ライトハウスの広報誌など、さまざまなつてを使って行われた。その結果、10人ほどの視覚に障害のある人からの参加申し込みがあり、当日さらに、事前の申し込みなしに来た人も含めて、13〜14人の参加者があった。高校生、高齢の人、失明されたばかりの人、弱視の人など、年代・背景ともさまざまな人が参加され、そのような人たちに対し、実行委員が一緒に展示会場を回って、会話を通じた鑑賞ツアーを行った。
鑑賞するための会場は比較的近いところで3カ所の町家に分かれており、見えない人がさわって感触を得られるものを、と立体コピーがいくつか用意された。
|