|
音声ガイドというものがあります。展覧会場の入口でレシーバーを借り、電源を入れて各々のポイントに来ると、自動受信して数十秒の解説が聞けるという類のものです。混雑する展覧会で手っ取り早くポイントだけ抑えたいとか、いくらか知識を得ながら作品を見たいという方には、有効な方法です。
ガイドの語りの方向性や内容の深さ、声優の起用法など、潜在的にはいろいろと展開の可能性がありますが、時間の制約やコストの問題で、たいていは一通りしか用意されておらず、百人が百人とも同じ話を聞くことになります（それに対する感想・反応はもちろん千差万別ですが）。選択肢の一つとしてあったほうがいいとは思いますが、個人的にはあまり好きではありません。
おおむね画集の解説のさわりを平易にくだいたような内容で、しかも一方的に語られてしまうからです。百通りの音声ガイドがあって、サンプルを聞いてその日の気分で選べたらいいのにとか、こちらから質問できたり自由に感想を話せたらとか、つい贅沢なことを考えてしまいます。
ともすれば名品拝観的な教養主義に陥りがちな美術鑑賞に、楽しい風穴を開けてくれそうなのが、子どもや視覚に障害のある人との美術をめぐる新しい試みです（「ための」ではなく「との」というところがとても大切だと思います）。
興味を引くもの、信頼するに足るものに対する子どもたちの素晴らしい率直さや視覚に障害のある人の研ぎ澄まされた感受性が、作品とは美術とは何かという問いに、もう一度謙虚に耳を澄ます機会を与えてくれるからでしょうか。
作品についての予備知識や当然のように作品が目に映っていることを前提としないで、いわば手探りしながらその場その場の時間の豊かさを一緒に織り上げていかなければならないという点で、この新しい試みは美術館サイドにとっても、たいへんに貴重な経験の場になるからです。
作者や作品についての美術史的な知識や紋切り型の鑑賞を離れて、ガイドとなる人はまず自分自身で作品と向い合わねばなりません。いくつかの発見を経て自分なりの印象を言葉で伝えようとする時、おそらくはガイド自身も、言葉の不自由さに煩悶しながら、もうひとつの創造にかかわっているわけです。そこから作品を前にした言葉のキャッチボールが始まるわけですが、相手によって状況によって、同じ作品でも全く異なるものになるのが容易に想像できます。画一的な知識の詰め込みや紋切り型の感動の強制ではない、新しい鑑賞の時間・方法がそこから生まれてくるはずです。
昨夏、エイブル・アート・ジャパン、MARの皆さんの企画協力により、埼玉県立近代美術館で開催された「ミューズ・フォーラム」*では、会場で作品をめぐる数多くの対話の試みがなされました。そのような試みが、美術館が視覚的に凝縮した場であるのみならず、ポリフォニックなひろばへと変わっていくための、ささやかでも着実な一歩として定着していくことを望んでいます。
*埼玉県立近代美術館 常設展「ミューズ・フォーラム
1 こんな美術館、あったらいいな！」／会期：2004年7月22日〜10月17日／会場：埼玉県立近代美術館 常設展示室、1
Fギャラリー／企画協力：エイブル・アート・ジャパン、ミュージアム・アクセス・グループ MAR／入場者：13,633人
概要：
1） 館所蔵のリキテンスタイン《積みわら 7
》と全盲の美術家・光島貴之氏がこれに触発されて制作した《ねじれ》の
2
点を並べて展示した。展示室内にソファを置き、展示高も低くしてゆったりと座って鑑賞してもらえるよう配慮した。（写真）展示に先立ちこの
2 点の作品を、3 組のMARのメンバーが 3
人の視覚障害者と言葉で鑑賞する様子を録音し、編集したものをMDにして会場を訪れた人が自由に聴けるようにした。会場には点字による解説や拡大文字による解説をファイルに入れ、感想ノートとあわせて配置した。
2） 1
Fギャラリーでは「ずれる」「うかぶ」「あつまる」「ころがる」をキーワードにMARのメンバーが自由な視点で収蔵作品を選択、美術館と協議の上、展示構成した。
3） 会期中、計 3
回、MARの主催により「ことばで鑑賞ツアー」を開催、各回終了後にはミーティングを行い、視覚障害者の美術館利用や言葉による作品鑑賞について意見交換を行った。
|