言葉によるガイドの実際
1 展示室に入る前に
よりよいガイドのために、展示室に入る前に次のことをするとよいでしょう。すぐにガイドして欲しいと言われるかもしれませんが、そのときはよりよい鑑賞のために必要なことと説明し了解を得ます。
(1)手荷物などはなるべくロッカーや受付に預け、身軽な状態で鑑賞に臨んでもらう。
(2)鑑賞に割ける時間、付き添いの人との間柄、見え方、美術鑑賞体験の有無、美術館についての知識を尋ねる。
得られた情報からガイドのプランを組み立てます。例えば、付き添いの人が親しい間柄のときと、はじめて会った外出のためのガイドボランティアでは、ガイドの仕方を変える必要があることもあります。鑑賞を求めているのが視覚に障害のある人だけならば、視覚に障害のある人に集中してガイドします。視覚に障害のある人と付き添いの人の両方が美術鑑賞を楽しみたいときは、両者に向けてガイドを行います。いずれも視覚に障害のある人が主役であることを忘れないようにします。
2 相手を知ることでポイントをつかむ
一般に視覚に障害のある人は、美術や美術館についての知識が一般の人より少ないため、より細やかな対応が必要です。美術館にどのような作品があるかなど、知らないことが多いので、適宜情報を提供します。これは、鑑賞する作品を決めるためにも必要です。
また、一般に中途障害の人が先天障害の人よりも、言葉による説明の理解が容易なケースが多く見られます。視覚を失う前に美術鑑賞経験があるとなお理解しやすいようです。
趣味や職業がわかると説明の際の比喩がより適切に行えることがあります。また、現在どの程度見えるかなど、適切な説明に必要なことは尋ねます。しかし、深追いはしないこと。失明の理由など、よりプライバシーにかかわることを話題にすることには、配慮が必要です。また相手の身体の具合などは直接尋ねにくいものなので、「疲れたらいつでも休みたいと言ってください」「何かあればいつでも声をかけてください」とはじめに伝えておきましょう。
3 鑑賞作品を決める
鑑賞のはじめに、美術館の収集方針と実際に展示されている作品について説明し、何をどのように鑑賞したいか希望を聞きます。
希望があればそれに沿ったプランを立て、そうでないときは、事前に聞いたことがらを参考にして鑑賞する作品を提案します。はじめて来館した人の場合は、主要な作品を中心にするとよいでしょう。
言葉による鑑賞がはじめてのときは、はじめの1点を試みた具合で、提案どおりに進められるかどうか判断して、点数を減らしたり、別の作品に変更するなどして、無理をしないようにします。
時間は、全体で 1
時間程度を、長くても 2
時間が目安です。鑑賞できる作品点数は、1 時間で 2 〜 3
点です。視力の比較的よい弱視の人は、説明が少なくてもよいため、もっと多く鑑賞できることもあります。時間配分を考えながら、お互いに負担にならないよう無理のないガイドを心がけます。
4 初めに作品のデータを紹介
まず、ガイドする作品の題名、作者名、制作年、材質、技法、大きさなどのデータを伝えます。
大きさは、縦横、高さ、奥行きを伝えますが、縦長か、横長か、変形かなどもあわせて説明します。数字だけではよくわからないので、畳や新聞紙、画用紙などの身近なものと比較するとよいでしょう。立体は、腰の位置までとか、両手を広げた大きさなど、身体を尺度にして説明することも有効です。また、画面に描かれているものの大きさを説明するときは、大人の掌や卵の大きさなど、より小さなものを例にするとわかりやすくなります。
作者名や技法は、はじめて知る場合も多いので、ガイドを進めるなかで適宜説明します。
最初に作品に何がどのように描かれているかを知り、その後に作品のデータを知りたいと望む人もいます。その場合は、説明の順序を入れ替えます。
5 大きな概念から小さな概念へ
作品の説明は、原則としてより大きな概念から小さな概念へと進めます。
人物画か風景画かなど、主題を先に説明し、次に描き方や構成法など、他の作品と異なる特徴を説明します。
具象画と抽象画、立体、いずれも説明の要点は基本的に同じです。
抽象画などで中心となるものがないときは、点や線などの構成要素を先にとりあげ、それが全体に散らばっているとか、大きな帯をつくっているという説明をすることもできます。
構図や位置関係を説明するとき、両手で同じ形をつくったり、同じ姿勢をしてみたり、掌に図を描くことも有効です。その際は必ず一言断って了承を得てから身体に触れます。
6 細部の説明は主要なものから
主題や構成など全体の概略を説明し、後に細部の説明を行います。以下に要点を述べますが、必ずしもこの順番で説明するものではありません。その都度ふさわしいときに必要に応じてとりあげると理解が容易になります。
細部の説明も描かれている主要なものからします。その際の説明は簡略に。形、色、視点を忘れずに説明します。一つの作品に複数の視点が用いられていることがあるので、視点の説明は必要です。
言葉による鑑賞は、情報を積みあげて全体像をつくりあげる作業です。大まかな全体像ができる前に細部にこだわると混乱が起こり、肝心の全体像が理解できなくなります。
全体の図柄や構成がイメージできたら、質感や空間表現などのより細かい表現の違いについて説明します。
概略だけわかればよい人もいるので、そのときは無理に細部の説明をする必要はありません。
7 色の違いはできるだけ伝える
色の説明は、きちんと行います。見えなくても色についての理解や関心はあります。同じ色でもさまざまな色合いがあるので、違いを伝えるようにします。ただし、絵具の色名をそのまま伝えてもほとんどの人は理解できません。「赤」ならば、熟したりんごの赤、梅干しの赤など、身近なものを例にします。
形の説明も身近なものを例にします。例示するときは、自分の知っているものではなく、相手に身近なものをとりあげるようにします。一般に女性と男性では日常接しているものが異なるので、一方には理解されても他方には通じないこともあります。年代や職業によっても通じやすい例示は異なります。
8 方向の説明は起点となる言葉を補う
右、左、前、後などの方向を説明するときは、「作品に向かって」など必ず起点となる言葉を補います。細部の説明も同じです。「中心人物の手前」「右足の右斜め前」など。
「あれ」「これ」「それ」などの指示代名詞を説明のはじめに使わないようにします。
9 理解を確認して会話を進める
鑑賞している人が作品の実像にふさわしくイメージできているかどうか、合間に適宜確かめます。イメージが十分にできたら、そこから何を感じたかなど、内容に踏み込んだ会話に進みます。後は、通常のガイドと同じです。
一般のガイドと共通しますが、ガイドする作品の選択、鑑賞の順序などに注意すると、説明と理解がともに容易になることがあります。そのような組み合わせや構成を工夫するとよいでしょう。
蝕察による鑑賞でも適切なガイドがあることで理解が容易になります。説明の仕方の基本は同じです。
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