「言葉による鑑賞」は双方向のコミュニケーションによって成立するもので、一緒に鑑賞する人たち同士のやりとりが大切です。障害のある人もない人も同じ鑑賞者として対等で、鑑賞の内容はお互いの会話を通して創りあげていくものです。
全盲の美術鑑賞者、白鳥建二さんは、一緒に鑑賞する人をノせる名人です。白鳥さんは楽しい鑑賞をすることに積極的。相手もノせられて、ついついいろいろしゃべってしまうのです。
百戦錬磨の白鳥さんスタイルを誰でもすぐにまねできるわけはありませんし、一人ひとり自分の鑑賞スタイルを徐々につくっていけばよいのですが、白鳥さんが考えるちょっとした「コツ」を参考に、イメージ・トレーニングをしてみてはいかがでしょう?
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初めて出会った人同士、そして、視覚に障害がある人と見える人が
2 〜 3 名 1
組になって、あまり(あるいは、まったく)経験したことのない「言葉によるアート作品の鑑賞」をする、という場面を想像してみてください。
一緒に鑑賞をしていくなかで、それぞれの人に役割が発生したり、お互いに配慮したり調整しなければならないことがいろいろ発生することでしょう。
ここでは、鑑賞を盛り上げ、お互いにゆたかなひとときをすごすため、視覚に障害のある私自身の経験からいくつか“コツ”と考えられることを紹介します。なかには、マナーや心構えのような内容のものもあります。鑑賞に足をふみだすきっかけになったり、より素敵な鑑賞のお役にたてることができたらうれしく思います。
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1 自己紹介でアピール
鑑賞をはじめる前に、いくつか基本的なことがらを確認しあいましょう。例えば、手引きの仕方や歩く速さについての希望、あるいは、どのようなものをどのように見たいのか、知りたいこと、鑑賞のペース、何時頃までに鑑賞を終えたいかなどについて、自分の状況や気持ちを率直に伝えます。
「今日は有名な作品を中心に見たいので、それに時間をかけましょう」「疲れ気味なので、1時間以内で会場全体を軽く流したいです」「キャプションに書かれている情報は、もれなく読んでください」などなど。
自己紹介をしていくなかで、ゆっくり時間をかけて、お互いのことを知り合う時間をとるとよいかもしれません。相手のことが少しわかって、自分のことも少し知ってもらう。会話がかみ合うようになるのは、そういう作業をしてからのこと。
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2 相手の緊張をほぐす
初対面の人には、誰でもある程度緊張するものです。特に、相手が、視覚に障害のある人との鑑賞に慣れていない場合、不安感をもっているかもしれません。例えば、自分の障害について、失明時期や現在の目の状況、見え方、色や光の感覚の有無など、先方から切り出しにくいことを最初にこちらから話してしまうと、相手も楽になるものです。早めにこちらから心を開いて、必要以上に心配しなくてもよいよう先手を打ってあげましょう。
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3 相手の鑑賞リズムにノる
鑑賞がスタートしたら、まずは相手の話を受けとめましょう。鑑賞を進めるなかで、自分のボルテージも徐々に上げてゆき、相手のリズムにうまくノって、その上で自分の考えや思いを伝えていきましょう。自分の鑑賞リズムと相手のリズムを合わせながら、素敵なセッションにしていきましょう。
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4 相手の気分を盛り上げる
相槌・合いの手をじょうずにいれて、お互いの鑑賞気分を盛り上げましょう。質問・疑問・感想などを適度に織り込みながら、相手が一方的に話すだけでなく、自分の知りたいことや、好みの話題になるように、会話の流れをつくります。
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5 相手が言葉に詰まったら
相手がかもしだす、言葉にできないような心の動き、感動や困惑、作品に対する否定的な感情などをありのままに受けとめましょう。その上で、言葉を選ぶために黙ってしまっているようならば「たとえば?」と水を向けたり、いろいろな言葉を投げかけてみて、一緒にふさわしい言葉を探すこともよいでしょう。
どこから話しはじめたらよいか途方に暮れているような場合は「印象としてはどのような感じですか?」など、きっかけになるような言葉をなげかけてみるのもよいでしょう。
気持ちを切り替えて、次の作品に進んでしまうのも手です。
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6 鑑賞はテンポよく
鑑賞を進めるテンポは、実はとても重要です。早すぎては鑑賞した充実感がもてないかもしれないですし、ゆっくりすぎると疲れてしまうかもしれません。作品の構図や色、形などの説明に必要以上に時間とエネルギーをかけず、一緒に鑑賞する人とお互いにバランスを取り合って、速度を上げたりブレーキをかけたりするとよいでしょう。
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7 無理は禁物
鑑賞というものは、1人の時でも、その日の気分や体調・作品の質や相性、会場の雰囲気や周囲の人びとの影響を受けて、微妙なバランスで成立するものです。2
人以上で鑑賞する場合にはさらに複雑なバランスが必要となるのは自明のこと。お互いに気を遣い、配慮をしあいながら鑑賞をするのは人として当然ですが、無理のしすぎは禁物。
鑑賞を続けることがプラスにならない、と感じたならば、自分からその旨を相手に伝えましょう。もちろん、相手の気持ちを気づかって、言葉の選び方、言い回し、声のトーンには細心の注意をはらう必要がありますが「続けないほうがお互いにとってよいことだ」というメッセージははっきりと伝えることが大切でしょう。
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鑑賞をスタートして、作品の説明をする部分までのところに焦点をあてましたが、何よりも大切なのは、お互いに会話を楽しむこと。作品をキッカケにいろいろな会話をかわすこと。時に、芸術論や作品の意味について議論をすることもあれば、時に、作家や作品に触発されて、プライベートなことや、社会的なできごとなどに会話が転がるかもしれません。言葉による鑑賞の醍醐味は、作品と自分、一緒に鑑賞をしている人たちと自分、そして社会と自分のコミュニケーション。どうか美術館という非日常な空間を存分に利用して、出会いと気づきと楽しみのひとときをおすごしください。
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