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僕は、35歳の全盲です。特に美術好きではありませんが、美的感覚に幼いころからあこがれていました。小さいころから目が悪く、美術はおろか、漫画や絵本もまともに見えた記憶がありません。長年、見えない自分にとって、さわらなければ何もわからないし楽しめないと思っていました。それが、10年前、美術好きの彼女がいてくれたおかげで、美術館へ足を運ぶことになったのです。
僕が美術館へ一人で行く時、前もって電話で申し込みをします。伝えることは三つ、自分が全盲であること、展示物を言葉で鑑賞したいのでどなたか一緒に館内を歩いて欲しいこと、そして、解説・ガイド・説明ではなくて、作品の印象・感想・雰囲気が知りたい・感じたいということです。この三つ目が最も伝わりにくく、大体は、説明・解説をすることだと勘違いされます。そう思われるのももっともな話ですが、それでも僕の希望は違うので、余計話が混乱します。
この10年で、50くらいの展覧会へ行ったと思います。毎回、その場で出会う人、感じる作品、場所自体が作り出す空気的エネルギーに、期待と不安を目いっぱい抱えて美術館へ行くわけです。
いい時間が過ごせると思い、安心して何度も行くのが、東京の目黒区美術館、森美術館、そして、茨城の水戸芸術館です。学芸員や美術館ボランティアなど、館側のどなたかにお願いするのがほとんどです。いいパターンの一つは、作品や展覧会について、ある程度知っていて、お互いに肩の力を抜いて一緒に鑑賞できる時です。リラックスしていれば鑑賞にかかわる自由な言葉（語彙数ではありません）が出てくるし、互いに相手とリズムを取り合いながらいいコミュニケーションができます。
例えば展示室に入った瞬間、「あー」という一言だけで、すごい！・わくわく・好き！・落胆・つまらん・マンネリなど、その時々、いろいろな感情が伝わってきます。そんな人間同士の、生身の交流自体、二人で鑑賞する醍醐味だといえます。
でも、美術館へ行きはじめた当初は、手探りで、相手の話をただ聴くだけでした。「鑑賞ってもっと能動的なものではないか？」と気づかせてくれたのは、僕に絵のイメージを伝えようとしてくれた、何人もの人たちです。美術に詳しい人や、逆にそれほど知識のない人、あるいは、単純に美術が好きな人などいろいろな人がいました。共通していたのは、作品を言葉で伝えようと、一生懸命だったことです。僕もその鑑賞する熱さに引き込まれて、作品を感じて想像することに集中しました。そして、僕が何かしら心の動きがあったとき、自らの力で鑑賞したい気持ちが高まっていろいろ話したくなるし、相手の人も伝えることだけではなく、何か感じたり気づいたりするのだと思うようになりました。
あなたは、なぜ美術館へ行きますか？
何が楽しくて、あるいは何を期待して展覧会に行きますか？
そして、どのような行為・行動、心の動きがあったとき「鑑賞できた！」と思うのですか？
僕が美術館へ行くのは、見えている世界や見えている人のことが知りたかったり、自分の人間的な度量を広げたかったり、自分に対する挑戦・実験。要するにリハビリです。もちろん、美術や美術館、そしてその場の誰かと出会うことで、なにか刺激を受けたいとか、高揚したいとか、感動したかったり...。つまり「鑑賞」がしたいのです。作品を目の前にして、僕は何かを感じたいのです。知識やデータだけではない、もっと情緒的なものを含んだ、知的な感情を感じたいのです。
何より大切にしたいのは、作品と出会ったときの時間と、一緒に鑑賞してくれる誰かとの時間、複数の人とだからこそ味わえる共有感覚と鑑賞の再発見です。
さあ、次はどんな人たちとのセッションで、どんな鑑賞が成立するのか？
これは、もう、わくわくするしかほかにありません。僕はこれを、「MAR的出会いの生き方」と呼びます。
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