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視覚に障害のある人との言葉による美術鑑賞ハンドブック

百聞一見をしのぐ!?」

 

言葉による美術鑑賞 私の見方

私の中の色

小野 まさ江
おの まさえ

(視覚障害のある美術観賞者)

「美術館へ行かない?」

「えーっ、だって見えないのに、何しに行くの?」

「いいから、行きましょう!」

 初めの言葉はいつもこうです。しかし鑑賞し終わった後はみんなから「次回の鑑賞会はいつ?」と必ずこう聞かれます。こうして広がった私の鑑賞仲間は、今では大所帯。いつもにぎやかに美術館へ出かけています。

 私が見えなくなって初めて美術館へ行ったのは、99年にエイブル・アート・ジャパン(当時は日本障害者芸術文化協会)が主催していた「目の見えない人と観るためのワークショップ」の時。偶然このお知らせを新聞で知り、何のためらいもなく私はすぐ電話しました。ワクワクドキドキ。「見えないのにどうやって見るんだろう?」「どうしてわかるのかな?」期待と不安でいっぱいでした。でも、参加したらそんな不安なんてどこかへ飛んでしまいました。もちろん私は何も見えません。一緒に鑑賞してくださる方が、優しく私の手の平に形を描いたり、手を広げて大きさを知らせてくれたり、私にどうしたら伝わるかと一生懸命言葉にしてくださいます。私も一生懸命それに近づこうと想像を巡らせます。絵の黄色と説明してくださる人の黄色、そして私の中の黄色、きっとそれぞれ違うものでしょう。でもそれは私自身が想像して自分の色で描けばいいことですから全く関係ありません。一緒に鑑賞している方との会話から、自分の過去の記憶と結びつけながら自由に想像することがおもしろいのです。その楽しさを知り、私は見えなくても美術を楽しめるということを伝えたいと思い、いつも友人を誘って鑑賞しています。

 東京都美術館での障害者特別鑑賞会では、混雑もなくゆっくりとおしゃべりしながら鑑賞することができます。先日、息子に「美術館で2時間も並んでやっと入場したら上の方しか見えなかったよ。お母さんはいいな」と言われました。なんと私たちは贅沢な鑑賞をしているのでしょう。障害者でよかったと改めて感じました。そして時には、さわれる彫刻や出土品、またレプリカなどを用意してくださることもあります。やはりさわれるものがあるのは嬉しいですね。みんなで感触を楽しみながら、あっちこっちなでてまわります。これも視覚障害者の特権でしょうか。

 鑑賞では出会いも楽しみの一つです。毎回、今日はどんな方とどんな鑑賞ができるのかしらと楽しみにしています。私はよく若い方と一緒に鑑賞していますが、若い方と手を組んでの鑑賞は、自分も学生時代に戻ったような気がして、いつも元気をもらっています。そのひとときを若い方と共有できる喜び。絵画や彫刻を味わうと共にとても有意義で大切な時間です。

 時には、こんな特別な出会いもあるのです。それは2003年の「トルコ三大文明展」での特別鑑賞会の時。その日の朝、いつものように美術館へ行きましたら、何やら上野の森は物々しい警備。入口のところで並んで待っていると、いきなり私の右手を両手で包むようにし、耳元でゆったりとした優しいお声でささやかれた方がいらっしゃいました。なんと皇后陛下でした。その後、天皇陛下もお言葉をかけてくださいました。今でも耳に優しいお声が残っています。

 障害がなければ、きっと今のようにお友達を誘って美術館へ足を運ぶこともなく、平凡な毎日を過ごしていたことでしょう。友人の中には、見えていた頃は一度も美術館へ行ったことがなかったのに、今ではすっかり美術鑑賞にはまっている人もいます。私たちは障害があるからこそ、いろいろな人に出会うことができ、色とりどりの人生を送ることができるのです。

 私は現在、障害のある方やない方に生け花を教えています。今は同じお花でも本当にたくさんの色があり、見えない私はいつもお花を上にあげて「これ何色? じゃあ、これは?」と尋ねながら、にぎやかにお稽古をしています。絵画の鑑賞も生け花と同じで、色・陰影・奥行きなど、みなさんと一緒に鑑賞することで、私の頭の中に鮮やかにつくり上げることができるのです。

 中途失明の私は、見えていた頃の絵画にふれて、遙かなる映像を思い出しながら、今日もまた絵画の前にたたずみます。

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